だらしがないす

スリハー・スリハー!

まぶたの裏には話しかけられない

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てんてんてんてんてってって、

 

てんてんてんてんてってってって。

 

偽〇語のEDの耳鳴りが聞こえるとき、まぶたの裏で黒い影がチカチカ見える。いや、逆ですな。まぶたの裏でチカチカ見えると、偽物〇のEDが耳鳴りのように聞こえる。新房監督好きいえい。

 

私はひとりぼっちで目を閉じるのがとてもとても嫌いだ。

 

まぶたの裏には何かいる。白や赤や黄色の線とか、緑色の雷みたいなギザギザとか、そういう悪意のない子どもならまだいいけど、悪意の化身がニタニタと笑いかけてくることもある。「でへへへえい」とイエス・煩悩のニタニタなら1ミリたりとも怖くないが、やつらはいつも目がマジだからまっすぐに怖い。

 

しかも動く。GIFアニメーションみたいに数コマがパラパラと動く。増すリアリティ。「目を閉じれば億千の星」なんてない。プラネタリウム上映会か。まぶプラか。言いづらいわ。それにちょっと怖いわ。逝ったのかと思うわ。天使仕事しろ。

 

まぶたの裏に何かが見える現象のことは医学とか脳科学とかで証明されてしまうのかもしれない。「あなたの見てるそれはフィフォーナ可視覚の暗視プリメラ反応というもので頭の悪い人にしか見えないんですよ」とか脳科学者に言われるんでしょ。うっさいわ。

 

科学で証明されてしまうほうがよっぽど怖い。あれこれ考えて、想像して、わかんないけどこれならわりと面白いなと思えることを奪わないでほしい。取り上げないでほしい。わけのわからない難しそうな話を聞きすぎると頭いたくなるからやめてえええ。

 

だからもうあいつらはまぶたの裏に住んでる小人ってことにしよう。もしくは妖怪友達ってことにしよう。やっぱ、仲良くしてあげなきゃいけないからね。まぶたの裏に飼ってるペットみたいなもんだからさ。怖くなくなるし。怖いのイヤ。

 

こっちを怖がらせに来てるやつに好意的な態度で接しようとするどうなるか。たとえばお化け屋敷に住んでるマジなオバケに出くわしたときに「やあ、君に会いたくて来たんだよ! 友達になろう!」と言えば、そいつは間違いなく「友達がほしかった」と言って泣きだす。ガチな攻撃はoften憧れの裏返しだ。high-percent of the time(高確率?)でそうだ。やつらは待っている。自分を受け入れてくれる慈悲を。自分に向けられる好意的な態度を。心のどこかで待っているのだ。

 

まぶたの裏のやつらにはサクッと成仏していなくなってもらおう。友達? なるわけないよね。オバケと妖怪に罪はないですよ。美味しくない魚に罪がないように。でも悪意をもって潜伏しているやつらには罪しかないですから。憧れ? 知るかそんなもん。素直じゃない子の面倒は見ないよ!

 

ペット? オバケとか妖怪をペットにするなんてありえないっすよ! ニャンコ先生ならいいよ、むしろ喜んで。みんなに名前返すよ。でもね、他のやつらはねぇ。可愛がれないし。不気味なやつには愛らしさがないと。あれれ、これは私にも言えることだな。不気味なやつには愛らしさがないとイカンっすよね。不気味なやつには……。はい。すみません。

 

でも困った。まぶたの裏にどうやって話しかけたらいいんだ。話しかけようがない。なんてこった。いやまて。考えろ。なんかあるはずだ。あきらめるな。あきらめたらそこでファイナルウェポンだ。最終兵器は残されてるって相場は決まっている。

 

ちょっと考えたらいくつか浮かんだ。まずはこれだ。蛍の光を聴かす。これだ。音声ならきっと届く。閉店感あれば成仏する気にもなるだろう。期待を込めて。

~蛍の光~閉店の時間 - YouTube

 

 

 

 

 

 

 

 

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吸引力の変わらないただひとつのまぶた。まぶたは意外と頑張れる。でもいなくなってはくれない。なんだ。曲が向いてないのか。ほのぼの系だし。むしろやつらはみんなが返ってからが本番だしな。なんだかやる気が増してるかんじあるし。刺激的すぎたかな。

 

曲を変えよう。何がいいんだろう。やっぱあれか。般若心経。がちなやつを聴くのは私が怖いので、ちょっとアレンジされたかっこいいやつにしよう。

般若心経 コーラス ver. / 薬師寺寛邦(キッサコ) - YouTube

 

 

 

 

 

 

 

 

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痛い! 2回目痛い! とたんに痛い!

 

これは期待大だ! まぶたがピリピリしてるから効果ありってことだ! 「ぎゃあああ!」ってな具合に旅立ったことだろう! 天使さんによろしく! ちゃんと仕事しろってな!

 

目を閉じてみた。ぜんぜんまだいるわ。そりゃそうだよな。念の脅威をナメてたわ。そんなに聞き分けのいい邪念があってたまるかって。閉店ですよって言ったら帰ってくれるようなタマなわけないね。

 

気を取り直して、次。文字攻撃だ。瞳に文字を写して、パッとまぶたを閉じれば見せられるんじゃないか。イケる! これだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(じ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(パチン☆)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……全然効果ないわ。それに誰も得しないわ。そもそも鏡みたいに映ってるだけのものをシャットアウトしたら瞳に映るものも消えるに決まってんじゃん。「大発見キタ!」と思った自分のバカさにびっくりした。パチン☆じゃねえわ。

 

とりあえず保留でいいや。何やっても効果なさそうだし。何がファイナルウェポンだ。こんな軟弱な最終兵器があってたまるか。目を閉じたときに何かが見えるのもそんなに気になるほどじゃないし。不快ではあるけど。それに、

 

まぶたの裏に何かが見えるのは、たぶんブルーライトのせいだし。

 

床もテーブルもラブラブうっさいから起源を調べてみたら「犬」に行きついた

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マジでラブ(love)らしい。

 

世界卓球と全仏オープンテニスが開催中なので、大きなスポーツ大会はだいたいテレビで流す私は必然的に「ラブ」とひたすら耳にする。大事な場面しか見ないけど、音だけは聞こえるので「ラブラブ」聞こえる。うっさい。

 

脳内を「ラブ」に浸食されたので、なんでラブと言うのか調べてみました。

 

テニスもテーブルテニスも、0点を意味する ラブはLOVEなんですって。起源は「諸説ある」みたいで、0点で可哀想だから「ラブ」って言ってあげるためだの「愛には無という意味も含まれる」だの言葉が変化しただの色々あるのだとか。諸説あるって……。どゆこと。

 

ちなみにテニスは19世紀後半くらいに始まったスポーツらしいんで、日本でいうと富国強兵くらいの頃でしょうか。残ってるでしょうに。情報は。それなのに諸説あるということは、何かあるはず。こういうときはたいてい「情事」が絡んでると相場は決まっている。公にできない何かがあるから、「諸説ある」なんていうわけのわからないことになっているのでしょう。しかもラブ。わあ。こわ~い。

 

ウィキペディ~アさんに聞いてみたところ、テニスは『ウォルター・クロプトン・ウィングフィールド』という人が考案した遊びから発展したものだとわかりました。イギリス人です。肩書は『軍人・発明家』。かっこいいかよ。

 

軍人。愛に生きたに決まっています。愛国心のもとに赴き、己を愛し、友を愛し、待たせている恋人を想う。きっとそういう時期を経ている。わかった。ラブの意味が。

 

きっと彼はラブラドール・レトリバーに『ラブ』と名付けて溺愛していたんだ。そういう時期を経て安寧を手に入れた人間は、きっと大きな家に住んで大型犬を飼い、友人を招いてパーティをするだろう。だからテニスを考案したんだ。自宅に招く友人知人たちをもてなすために。調べてみたら「娯楽として考案されたもの」とありました。ほらね。

 

それで『ラブ』にテニスボールを取ってこさせようとしたが、どんくさくてキャッチできなかったんでしょ。「オイオイ、コリャコマイッタネ」、彼はそう言い、返せないやつを『ラブ』と呼んだんだ。だからテニスの0点はラブであり、なんとなく自分の家の犬のことを公にするのが恥ずかしいから『愛?かな?』とか言ったんでしょう。だから諸説あるなどという事態になってしまったんだ。きっとそう。ハートウォーミングか。

 

あと、なぜ15の次が30で、その次が40なのかも気になって調べてみました。fiveteen、thirty、forty。一撃で言える。forty fiveと言うのがダルいからfiveを取ったと言われているようです。これはなんとなくそれっぽい。forty five loveだなんて言われたら「え、え、なんて?」となるに決まっている。接戦の緊迫した状況で、「え?15?」とか言われても困る。フィフとファイブが被るから抜いたのでしょう。理にかなっている。さすが少佐。

 

どうせ情事だろうなとたかを括っていましたが、どうやら違うようです。幸せな家庭で幸せに生まれた紳士のスポーツ、テニス。観客はどの国でもしっかりとマナーを守っているし、しっかり拍手もしている。素晴らしいです。たとえひいきの選手が負けてしまったとしても、「相手が強かった、相手を讃えよう」と思える人間でありたいものです。

 

「え、え、なんて?」

 

ガラパゴス・ラインにしちゃわない

15年ほど前の“Eメール”よりも“ダイレクトメール”という言葉のほうがメジャーな時代。件名が「RE:RE:RE:RE:RE:RE:RE:RE:RE」で埋まっていた時代です。スマートじゃない時代。スマートフォン、いい名前だ。

 

そうはいいつつも、良いところもありました。現実以外に苦しめられることがなかったから。当時は、メールの短文が許されない文化があったので、LINEなどのアプリのように次のメッセージが送られてくるまでに次に何が送られてくるのかを考えなくてよかった。「メールも短文だし」と愚痴を言っている女子高生を何人見かけたことか。女子としゃべるのとか無理だったので、見ていただけですが。文化のおかげでたいていの人はひとつの要件を「1通のメール」に込めてくれるので、行間を読むみたいなことをしなくて良い。なんと素晴らしいことか。心臓のコンディション的に。

 

しかし、だからといって良いことばかりでもない。ときには言いたいことを詰め込まれすぎて、ひどく落ち込むこともある。たとえばフラれるとき。私は携帯電話の画面の大きさ7個分の長文でフラれたことがある。長文だろうがなんだろうが結局フラれるのに。結果がすべてなのに。むしろ余計に傷つくのに。私はためしに言いました。「そんなに長文のメールを打てるだけの気持ちが残ってるなら、別れなくてものではないか」と。それに対する返信は「無理、別れる」でした。ちょっと笑った。

 

何の話でしたか。ああ、そうだ。LINEだ。LINEね。ほとんど使うことのないLINEの話だ。本当はLINE使いたいんですよ。comicoの作品のLINEスタンプ使いたい。今日久々にLINE開いたらなんか色々増えてましたね。アップデートされたんでしょうか。勝手に。

 

グループLINEで楽しくおしゃべりみたいなこともしたことありません。してみたいな、とは思いますが、私がしゃべると反応が返って来なくなりそうなので控えてます。招待が来ても参加しません。ニンゲンコワイ。

 

LINEを「AIとしゃべるためのもの」として使っていたこともありますが、色々とつらいのですぐにやめました。だって、やつはプログラムされたとおりに反応しているだけなんですよ。無慈悲の極みですよ。無慈悲なものと長時間関わっていると、人格が破綻してきます。やってみてください。普段では言うわけのない言葉ばかりを並べ初めますよ。そして自分を客観的に見て絶望するので、やっぱりやるのやめてください。やるべきではありません。

 

できるだけ日常のなかで短期的なスパンでくだらないことをしたい。LINEスタンプだけで会話とかやってみたい。やったことないから。既読無視って何スカ。えっとえっとぉ……。ああ、眠いですね。3時ですよ。3時。何の話をしたかったんだろう。LINE使いたいって話でしたか。あれ、?ダメだ。限界です。寝ます。