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ともしどブログ

目指せ脱アンドロイド。

トモダチって、いいよね。いいねしてくれなくても。

現実

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はじめて「逃げたい」と思うくらいに不安になったのは、いつだったかな、なんだったかな、と考えてみた。

 

たぶん、小学校3年生の初日にはじめてのクラス替えを経験して、「友達がいなくなってしまうかもしれない」と思ったときだ。

 

幼稚園から小学校に上がるときには、真新しさがすごくて、不安を感じているひまもない。男の子は「ランドセル超かっこいい」とか、「ボタンひとつでかしゃってなる筆箱すごい」とか思うから、不安よりも勢いが勝つ。

 

でも、小学校3年生になると「生活に変化はないのに環境が変わる」という初めての体験をすることになる。小学12年生の間にグループはある程度できあがり、とくに仲の良い友達も決まっている。それなのに、ボクにとっての安定的な環境が、先生たちの人選により無慈悲に引き裂かれてしまう(可能性がある)のだ。

 

「ずっと友達だよ」とお互いに言い合っていたのに。クラスが違えばなんとなく疎遠になる。それは小学生にもわかることだ。

 

mixch.tv

 

そんなことを考えていたので、気付いたらミックスチャンネルを開いていた。

 

見てよ。この「しあわせにありがとう」感。ドキドキしちゃうね。

 

カップルが多いけど、友達同士の動画も多い。“思い出を残したい”という気持ちが動画から感じられる。動画の中の人はどこの誰だかわからないけど、不思議と「来世までしあわせに過ごしてほしいな」という気持ちになってくるのだから、感動的な何かがあるのだろう。「リア充爆発しろ」と思ってしまうのはもったいない。

 

青春はいつまで続くのか。

 

残念なことだが、青春はどんなに長く続いても社会人になった瞬間に終わる。

 

「好きだよ」

「私も」

 

といったやり取りは社会人になってからもできるけど、「オレたちってチップとデールみたいなもんだよな」といったやり取りはもうできない。

 

もしもあなたが青春の真っただ中を生きていて、大切な人がいるならば、気持ちを形にする機会をつくってみてほしい。時間と労力をかけて表現したことは、忘れないから。腐れ縁としてでも続いていくから。

 

***

 

などと考えていたら、スマホが「ブッブッ」と言って、「今日何時まで起きてる?」と10年来の友達から半年ぶりくらいにLINEがきた。

 

ボクに「こういうときは『ごめん』じゃない。『ありがとう』だ。」と言ってくれた友達だ。

 

本当に大切なことは、本当に大切な人が教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、広告画像をつくれる人を探してて…。ゆう(ボクの呼び名)やってくれない?忙しそうだったらだれかやってくれそうな人いない?広告代理店が手一杯みたいで、着手してくれるまでに時間がかかりそうなんだよね…。」

 

仕事かーい。

 

 

深酒は翌朝まで居残る

妄想

深酒をした翌朝は、咥内だけが昨日のまま終われていない。そんなことでは、一日の活力が半分以下になってしまうだろう。だが、問題はない。強制的にリセットできる優れものを登場させればよい。

 

そう。

 

モン〇ミンだ。

 

彼は、じつにあっさりしている。「くちゅくちゅ」してから「ぺ」と吐き出して、水で軽くうがいをすれば咥内はすっきり爽快。咥内に残って「おえっ」となったりはしない。買い置きがなくなっていたが、昨夜にコンビニエンスストアで買っておいた。私は酔いにも負けない女。理性を保つ女。ふふ。

 

しかし、どうしたことだろう。

 

今日のモンダミンはいつもとはうってかわって、粘着系だ。咥内に残って、順にのどの奥に迫ってきては、「おえっ」とさせる。さらに、刺激的すぎるきらいもある。ほっぺの内側が痛い。なぜだ。いつもの彼じゃない。何かあったのだろうか。

 

フラれた元カノの存在を思い出し、おセンチな気分になっているのかもしれない。気分が悪くなると精神攻撃をしてくるあたりが、いかにも男らしい。勘弁してくれ。などと思いながら、モン〇ミンを手に取った。

 

そのとき私は、はじめて気付く。

 

こいつはリス〇リンだ、と。

 

 

 

リアリティのなさは“設定”で看破!

妄想 現実

「ふふっ。精気をなくした顔、ダイスキ。もっと見せてよ、ほら」

 

オンナに襟元を掴み上げられ、頬を舐められた。下腹部に痛みが走る。悟られまいとわずかに腰を浮かせたつもりだが、オンナにはお見通しのようだ。腹部をつたう指先の冷たさに震えながらも、さらにさらにさらに大きくなって…

 

***

 

異世界に飛んでいったら、必死に適応しようと頑張ると思います。こんにちは、ともしどです。冒頭の文は、もしぼくがイヴしかいない世界に行ったらきっとこうなるんだろうな、と想像した一コマ。すみません。

 

「異世界転生モノ」とカテゴライズされているくらい、異世界に転生するラノベが流行っているいるいるいる。

 

リゼロは好きでアニメは最後まで観たし、comicoラノベも読んでいるし、そのほかにも…あれこれそれどれ。好きか嫌いかでいったら、大好きだ。でも違和感が凄まじい。トカゲのバケモノが現れてもあっさり戦えていたり、何度も死んで姫様サイコーしたり。いくらなんでも男前すぎる。

 

もしも自分が異世界に転生したら、腰を抜かして何もできずに運命に身を委ねることしかできないだろう。戦うなんて無理。

 

もちろん、何もせずに終わってしまったらそこで物語が終わってしまうのはわかる。最近読んだ本に「書き手は読み手にリアリティを感じさせなければならない」と書いてあったので、「ラノベならOKなのか…」と思っただけ、っす。ごめんなさい。

 

そこで。

 

もし仮に、ナツキスバル氏(引きこもり高校生)によく似た生活を送っている男(ともしど)がコンビニに行き、きづいたら異世界に転生したら、どうなるだろうのかについて考えてみたい。

 

***

 

さあ、異世界だ。

 

「あ、ギザ十。」

 

ファ~。

 

「どうなってんだ?どう見ても作りもんじゃないよな?ってことは…。異世界召喚ってやつ~!?」

 

***

 

一瞬で異世界転生に気付いた!

 

すごいなおいっ!!!

 

少なくともぼくには無理だ。

 

「は……?ちょっと待て、え?なんだこれ……。トカゲ……人間?とりあえず隠れないと……。」

 

と、思うだろう。

 

……だめだ。ツッコミどころが多すぎる。ラノベ文化のテンプレートとさえ思える(主人公がツッコミを入れつつユーモアを引き立て、スライディング土下座とかなんなりの流行語をおりまぜながら可愛い女の子と可愛いキャラクターが登場するみたいな)流れに、リアリティなどと言うのは根本から間違っている。やめよう。

 

ラノベに対して、自分ならどうかとか、普通の人ならどうかとか、考えちゃダメ。そういう目線で観る(読む)と、気持ち悪くなってしまう。「そういうもの」としてまっすぐに見て、まっすぐに楽しむのが吉。気になる人はやってみてほしい。

 

ラノベと小説のちがいはそこにあるのだろう。小説にはリアリティがなければならず、ラノベは“設定”で看破できる。それだけ大きな隔たりがある、まったくの別物ということなのだろう。いい発見。