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ともしどブログ

目指せ脱アンドロイド。

やる気なし谷【ノベル練習帳】

「ポゥリスメェ~ン!」

 

頭を下げて「よろしくお願いします!」と叫んでいる男の頭をポンポンと叩きながら、ゲンさんが呼ぶ。

 

「んぁ?なんだぁ、そいつぁ。」

 

「新入りっつぁ~!」

 

ピンクのTシャツにチノパン、ベレー帽に眼鏡という“いかにも”な青年が、よそよそしく「はじめまして」と言っているが、私には関係がない。

 

「そぅかぁ~。頑張りやぁ~。」

 

否が応でも頑張れなくなる青年に向かって伝える言葉ではないのだろうが、人は興味のない人にほど「頑張って」と言うのだから仕方がない。

 

「谷長のところさ、連れてってくれんかなぁ?」

 

やる気なし谷の警察官は私しかいないのだが、私はおばあさんの重い荷物すら持ってあげられないほどにやる気がない。

 

「んぁ~、頑張りやぁ~。」

 

最後の希望で目をキラキラさせた青年にエールを送りつつ、私は白い自転車のペダルに足をかけた。

 

「そりゃぁ、そうだいなぁ~!そぃじゃ、オレも。ばばい。」

 

それから数秒の間に、ゲンさんもその場から消えていった。

 

誰の助けもなく、誰も助けない。

 

それがやる気なし谷の“風潮”なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

信じていた人に裏切られ、金を失い、それからともなく身の回りには誰もいなくなっていた。

 

よくある話だが、私にとっては立ち直れないほどにつらい出来事だったのだ。

 

もう何も頑張れない。

 

正確には、頑張っても仕方がないことをしたくない。

 

そう思った私は、私に適した居場所を探し、やる気なし谷にたどり着いた。

 

警察官の恰好をしているのには、理由がある。

 

最後の最後に立ち寄ったコンビニエンスストアで立ち読みした“こちらベック公園前派出所”の主人公のラフなスタイルに憧れたからだ。

 

「このオッサン、超うらやましい。」

 

そう思った私は、コスプレショップで警察官のコスチュームを3着買った。

 

今にして思えば、私の最後の情熱だったのだろう。

 

それ以来、私の心にわき上がるものを感じたことは一度もないのだから。

 

 

 

***

 

 

 

私には、日課がある。

 

それは、「明日の天気」を予想することだ。

 

目を閉じて、風の声を聴き、湿っぽさと対話する。

 

「ぁあ、明日は雨だなぁ。」

 

自慢ではないが、私は明日の天気予報を外したことがない。

 

今日までの762日間、すべての天気予想は“雨”だったのだが、不思議なもので、一度も外れることはなかった。

 

雨の降らない日が一日もない。

 

かといって、何を思うこともないのだが。

 

「明日も、雨かなぁ。」

 

私は、雲の切れ目に向かって、そうつぶやいた。

 

 

 

***

 

 

 

やる気なし谷には、ただの一人だけ、美人がいる。

 

彼女はいつも吊り橋の入り口で、あぐらをかいて座っているのだが、話しかけたことは一度もない。

 

しかし、私は一日も欠かすことなく、ここに来てしまう。

 

どうやら、考えることはみんな同じらしい。

 

先客が10人ほどいて、すべての男が彼女を眺めている。

 

かといって、誰一人として近づこうとするものはいない。

 

みんな、眺めているだけだ。

 

彼女は、突然に歌いだすことがある。

 

それも、毎回決まって同じ曲を。

 

 

 

ほんとうの ことなんて ないんだ

 

わたしの おもひでは うそだらけ

 

それなのに しんじてしまうのは

 

なぜだろう

 

きみのことを おもうたびに

 

わたしの こころは からっぽになる

 

おもうほどに ひとつずつ

 

うしなわれていくのだ

 

さいごの たったひとつを

 

うしなったときに

 

わたしは きめた

 

もう だれのことも

 

うらぎらない と

 

 

 

彼女はいつも歌い終えると、すべての衣類を脱ぎ捨て、立ち上がっては、髪をかき上げる。

 

そして振り向き、体育座りをして、私たちを凝視する。

 

それを見た私たちは、ズボンを下ろすのだが、どうしても触れることができない。

 

じぶんのからだなのに。

 

 

fin.